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岡山地方裁判所 昭和61年(ワ)740号 判決

原告

国鉄労働組合岡山地方本部

右代表者執行委員長

相原宏志

右訴訟代理人弁護士

浦部信児

被告

小澤敬三

梶原昭博

田野正身

岡功郎

右被告四名訴訟代理人弁護士

松岡一章

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して、一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、後記の不法行為当時、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)岡山鉄道管理局新幹線総局に勤務する職員等で組織した労働組合であった。

(二)  被告らは、後記の不法行為当時、いずれも国鉄職員であって、右当時、被告小澤敬三は岡山鉄道管理局長、同梶原昭博(以下「被告梶原」という。)は岡山操車場駅長、同田野正身(以下「被告田野」という。)は同首席助役、同岡功郎(以下「被告岡」という。)は同輸送総括助役の地位にあった者である。

2  被告らは、共謀のうえ、昭和六一年一〇月三日、自ら又は第三者を使用して、原告第一支部岡山操車場分会(以下「分会」という。)が岡山操車場詰所内の掲示板七箇所に掲示した別紙記載の同年九月三〇日付機関紙「ふらいき」第九九四号(以下「本件掲示文書」という。)をいずれも撤去した。

3  被告らの右行為は、原告の行う情報宣伝活動を侵害するものであり、憲法の保障する団結権及び言論の自由を侵害する不法行為である。

4  被告らの本件共同不法行為により原告の被った損害は、金銭に評価すれば、一〇〇万円と算定するのが相当である。

よって、原告は被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して、一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六一年一〇月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、分会が岡山操車場詰所内の掲示板六箇所に掲示した本件掲示文書について、被告岡が昭和六一年一〇月三日同文書を撤去することに関与したことは認め、その余は否認する。

3  同3、4は争う。

三  被告の主張

1  本件掲示文書の撤去行為は、国鉄当局の施設管理権の行使として、労働関係事務取扱基準規程(昭和三九年職達第二号、以下「本件規程」という。)一八条に基づいて行われたもので、何らの違法性はない。

すなわち、

(一) 本件掲示文書の掲示されていた掲示板は、いずれも本件規程一六条に基づいて原告の下部機関である分会から昭和六一年八月二九日に被告梶原に対し組合掲示板設置使用許可の申請がされ、同被告が、同年九月一〇日、右許可をしたものである。そして、本件規程一七条一項には、右許可された掲示板に掲示される掲示類は、国鉄の信用を傷つけ、政治活動を目的とし、又は個人をひぼうし若しくは事実に反するものでないものでなければならない旨定められ、同条三項には、同条一項に違反する掲示類は、速やかに撤去し、又は組合掲示板の使用を停止するものとする旨定められているうえ、同一八条には、所属長又は箇所長は、同一七条三項の規定により掲示類を撤去し、又は組合掲示板の使用を停止する場合は、当該労働組合又は掲出責任者にその旨を通知して行わせるものとし、これに応じない場合は、通告した後、所属長又は箇所長において行うものとする旨定められている。分会は、組合掲示板設置使用許可の申請に際し、本件規程の関係条文を厳守することを約しており、被告梶原(本件規程にいう箇所長に該当する。)も、右許可に際し、本件規程の関係条文を厳守することを条件として付した。

(二) 本件掲示文書には、岡山操車場所属の職員である中司一豊(以下「中司」という。)が昭和六一年九月二八日に死亡し、その死因が自殺である旨記載されているところ、一般に、自殺の原因は、家族等の社会的統合の欠如や弛緩、社会的規範により個人の行動を規制する力の喪失、又は精神障害等にあるように解釈されているのであるから、本件掲示文書のように、死者の氏名を明らかにして、その死因が自殺である旨公表することは、その本人又は遺族の名誉を傷つけ、これをひぼうするものであることが明らかであり、しかも、本件掲示文書には、「彼(本件掲示文書の記載から、「彼」とは中司を指すことが明らかである。)もまた国鉄解体の犠牲になってしまった事は事実です」、及び「国鉄当局は、いったいどれだけの労働者を殺せば気がすむのか」とも記載されているので、本件掲示文書が国鉄の信用を傷つけるものであることも明らかであった。したがって、本件掲示文書は、本件規程一七条一項に違反するものであった。

(三) 被告梶原は、昭和六一年一〇月二日から三日にかけて、自ら又は被告田野、同岡を通じて、本件掲示文書の掲出責任者でもある分会委員長又は分会書記長に対し、再三本件掲示文書を撤去するように要求したが、分会がこれに応じなかったので、やむなく被告岡、岡山操車場所属の津嶋洋助役(以下「津嶋助役」という。)を通じて、分会委員長及び分会書記長に対し、国鉄管理職側でこれを撤去する旨通告した後、前記のとおり、同月三日午後四時頃から被告岡を含む岡山操車場所属の助役に掲示板六箇所に掲示されていた本件掲示文書をいずれも撤去させた。

(四) なお、企業が、労働組合に対し、企業の施設内において組合掲示板の設置使用を許可することは、いわゆる便宜供与といわれるものに該当するが、本件規程一六条ないし一八条は、組合掲示板の設置使用の許可限度をも示したものであり、国鉄が右範囲を逸脱した組合掲示板の使用を認めることは、労働組合法七条の趣旨からしても許されないものであったというべきである。

2  本件掲示文書の掲示されていた掲示板は、原告の下部組織である第一支部のさらに下部組織である分会において、国鉄から設置使用の許可を受けたものであり、仮に、本件掲示文書の撤去により損害が発生したとしても、それは、分会に発生したものというべきであって、原告が損害賠償請求権を取得するものではない。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張は争う。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  本件規程一七条、一八条は、憲法二八条、二一条に照らして限定的に解釈されなければならない。

すなわち、労働組合の情報宣伝活動は、憲法二八条の団結権行使の一環であるとともに、表現の自由権の具体的行使であり、労働組合の団結権の保障の中には組合掲示板の排他的利用権の保障をも含んでいるから、特に自力救済条項をも含む本件規程は、憲法二八条、二一条に照らして限定的に解釈されなければならない。したがって、本件規程によって国鉄が確保しようとする利益は、あくまでもその企業秩序維持の利益に限られるものと解さなければならないから、本件規程一八条によって掲示類を撤去しうるのは右利益を不当に侵害する場合に限られるというべきである。また、原告が、労働組合として、労働者の利益を擁護するに必要な限度で国鉄の労務管理や経営政策、さらにはこれらを実施する管理職個人に対して様々な批判をするのは当然のことであるから、同一八条によって掲示類を撤去しうるには、管理職が重大犯罪を犯したとの虚偽事実を作出したような名誉毀損罪に該当する場合、犯罪行為を教唆扇動する場合、その他明白かつ現在の危険の法理で規制しうる場合に限られるべきである。

2  本件掲示文書の記載内容は、自殺者を揶揄、嘲笑したものではなく、むしろ自殺者を哀悼し、自殺者との連帯感を込めて国鉄当局に対する憤激及び抗議の趣旨を表明したものであり、現に分会は、本件掲示文書を掲示したことに対し、その遺族側からも何らの抗議又は本件掲示文書の撤去要求等を受けていないのであるから、本件掲示文書は、個人をひぼうするものということはできない。また、本件掲示文書の撤去時には、その掲示によって国鉄の職場秩序の破壊等国鉄の使用者としての利益の侵害は発生していなかった。

したがって、被告らの本件掲示文書の撤去は、その要件を欠き違法である。

六  原告の反論に対する被告の認否

原告の反論は争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

二  分会が岡山操車場詰所内の掲示板六箇所に掲示した本件掲示文書について、被告岡が昭和六一年一〇月三日同文書を撤去することに関与したことは、当事者間に争いがなく、証人逸見浩平の証言、被告梶原昭博、同岡功郎各本人尋問の結果によれば、本件掲示文書は、被告岡を含む岡山操車場所属の助役が撤去したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  そこで、本件掲示文書の撤去行為が適法であるか否かについて判断する。

1  (証拠略)、証人逸見浩平の証言、被告梶原昭博、同岡功郎各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一)  国鉄は、労働組合及び職員の組合活動等に関する事項の取扱いについて定めるために本件規程を制定し、本件規程は、昭和四一年四月一日から施行され、その一条には、右取扱いについては本件規程の定めるところによる旨規定されている。

(二)  本件規程一六条には、所属長又は勤務箇所の長(以下「箇所長」という。)は、労働組合から掲示板の設置について申出があった場合は、同条の規定する条件を付して許可することができる旨定められているが、同一七条一項には、同一六条により所属長又は箇所長の許可した掲示板に掲示される労働組合の掲示類は、国鉄の信用を傷つけ、政治活動を目的とし、又は個人をひぼうし若しくは事実に反するものでないものでなければならない旨、同一七条三項には、同一七条一項に違反する掲示類は速やかに撤去し、又は組合掲示板の使用を停止するものとする旨定められているうえ、同一八条には、所属長又は箇所長は、同一七条三項の規定により掲示類を撤去し、又は組合掲示板の使用を停止する場合は、当該労働組合又は掲出責任者にその旨を通知して行わせるものとし、これに応じない場合は、通告した後、所属長又は箇所長において行うものとする旨定められている。

(三)  本件掲示文書の掲示されていた掲示板は、本件規程一六条に基づいて、分会から、昭和六一年八月二九日、岡山操車場駅長(本件規程にいう箇所長に該当する。)であった被告梶原に対し、設置使用許可の申請がされ、同被告が、同年九月一〇日、右許可をしたものである。分会は、右許可の申請に際し、本件規程の関係条文を厳守することを約しており、右被告も、右許可に際し、本件規程の関係条文を厳守することを条件として付した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  およそ企業は、職場環境を適正良好に保持し、規律のある業務の運営体制を確保するため、その物的施設を管理利用することができ、そのためには、企業の構成員に対し、物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を規則をもって定め、これに違反する行為をする者がある場合には、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発することができ、当該行為者がこれに従わない場合には、自ら原状回復等の措置を講ずることができると解するのが相当であるところ、本件規程一六条ないし一八条は、右の趣旨に沿うものであるということができる。特に、自ら原状回復の措置を講ずることができるとの点については、本件規程一七条一項に違反する文書が掲示された場合、裁判所等の第三者機関による判断をまたない限り、国鉄当局において手をこまねいて放置しておくほかないとすれば、右のような文書は、その性質上比較的短期間掲示されることでその目的を達するのが通常であるから、本件規程一七条一項は無意味に帰するおそれがあり、このようなことから、文書を掲示した労働組合が右違反文書の撤去命令に従わないときは、本件規程一八条に定めるように国鉄当局において自ら撤去することができると解するのが相当である。

原告は、本件規程は憲法二八条、二一条に照らして、限定的に解釈されなければならない、と主張する。しかし、勤労者の団結権等を保障している憲法二八条が、右保障の中に右団結権等を行使するに当たり勤労者がその勤労している企業の所有し管理している物的施設を利用する権利までも保障したものと解することはできないし、表現の自由を保障している憲法二一条も、勤労者が右物的施設を利用して情報宣伝活動を行う自由までも保障したものと解することはできない。そうすると、本件規程一六条ないし一八条が憲法二八条、二一条によって限定的に解釈されなければならない理由はなく、この点に関する原告の右主張は理由がない。

3  そこで、次に、本件掲示文書が本件規程一七条一項に違反するか否かについて判断する。

前記二でみたとおり、本件掲示文書には、「鉄労岡操分会青婦議長が自殺か?」との記載及び右鉄労岡操分会青婦議長が中司である旨の記載があり、また、「彼(本件掲示文書の記載から、「彼」とは中司を指すことが明らかである。)もまた国鉄解体の犠牲になってしまった事は事実です」、及び「国鉄当局は、いったいどれだけの労働者を殺せば気がすむのか」との各記載があって、これらの記載を合わせれば、本件掲示文書は、国鉄当局が中司を自殺に至らせた旨表示していることが認められる。そうすると、本件掲示文書は、その内容の真偽を問うまでもなく、国鉄の信用を傷つけるものであることが明らかであるから、本件規程一七条一項に違反しているものということができる。

4  証人逸見浩平の証言、被告梶原昭博、同岡功郎各本人尋問の結果によれば、本件規程にいう箇所長に該当する被告梶原は、昭和六一年一〇月二日から三日にかけて、自ら又は被告田野、同岡を通じて、本件掲示文書の掲出責任者でもある分会委員長又は分会書記長に対し、再三本件掲示文書の撤去を要求したにもかかわらず。分会がこれに応じなかったため、同月三日、被告岡及び津嶋助役を通じて、分会委員長及び分会書記長に対し、同日午後一時までに本件掲示文書を撤去しない場合は、国鉄管理職側で本件掲示文書を撤去する旨通告した後、同日午後四時頃から被告岡を含む岡山操車場所属の助役に本件掲示文書を撤去させたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件掲示文書の撤去行為は、本件規程一八条の定める要件を具備していたもので、何らの違法はないというべきである。

もっとも、この点について、原告は、本件掲示文書の撤去時にはその掲示によって国鉄の職場秩序の破壊等国鉄の使用者としての利益の侵害は発生していなかったので、本件掲示文書の撤去は要件を欠く、と主張する。しかし、既に説示したとおり、本件掲示文書は、国鉄の信用を傷つけるものということができるので、国鉄の職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営体制を確保するためその物的施設を管理利用する権利を侵害するものということができる。したがって、本件掲示文書の撤去に要件を欠くということはできないから、原告の右主張は理由がない。

5  よって、本件掲示文書の撤去行為が違法であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  以上の次第であるから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石嘉孝 裁判官 安原清蔵 裁判官 中村也寸志)

別紙(一部省略)

鉄労岡操分会青婦議長が自殺か?だれが彼を死に追い込んだ

国鉄解体の犠性だ

9月28日18時ころ、鉄労岡操分会の青婦議長である中可一豊君が死亡しました。

彼はいま国鉄当局が実施している企業人教育を9月17・18・19日に受け、その後に体調をくずし、病院にかかっていたということです。

岡操当局も見舞に行こうと思っていた矢先の出来事だと首席助役もいっています。

そして、今、職場の中では、彼の死をめぐって、又、それに対する当局と鉄労の対応がみんなの注目となっています。

警察、マスコミ、管理局は、はっきりと自殺と言っているにもかかわらず、岡操当局と鉄労は、まったく不可解な対応。「国労が葬儀に動員をしてさぐりを入れようとしている」と発言したり、岡操本部に電話が入る前に日曜日で出勤していない駅長が先に知り、夜中に駅へ出てきたこと。鉄労組合員までも「わしらにも本当のことを言ってくれない」とか、当日の管理者の対応がすべて不可解なものでした。

なぜ、現場当局は、又、鉄労は、これまではっきりしている事を必死になってかくそうとするのでしょうか?

何が彼を死にまで追い込んだのでしょうか?

一部の噂では、企業人教育、そして先般岡操に作られたCTCなるもので相当、頭を痛めていたということです。

いずれにせよ、彼もまた国鉄解体の犠性になってしまったことは、事実です。

中曽根、国鉄当局は、いったいどれだけの労働者を殺せば気がすむのか、われわれは断固抗議する。

最後になりましたが中可君の御冥福をお祈り致します。

不可解な当局の対応

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